電子書籍時代
今日の新聞には、このあとの見出しに「法制化」とある。
ペーパー時代の法律では、電子化は間に合わず、適用する法律もないから、急いで法整備をしようという話である。
来るべき「時代」に、良性のものではなく、悪性のビジネスがはびこるので、それのガードという意味だ。
そもそも、「著作権」とはなにか、という話からなるが、自分の書いたもの、すべてが著作権ではない。どこかの役所が発行した「広報」の記事をこれまたどこかの役所の広報がそっくりいただいて、機関誌に載せた。すると、この行為は、著作権違反ではないのか、いや広報をまねるのは、なにも違反ではない、という論争になる。
著作権はどこまで及ぶのか。ネットでは、書き込み記事、ブログやホームページの記事などに著作権が及ぶかである。
定義とかそのボーダーラインが読みにくい。たとえば、これらの記事を知人や他人が「使用」した範囲は、違反ではないが、公人、たとえば新聞記者とか、大学の先生が「勝手に使用」したら、違反に当たる。
この線引きには、「商業化」か「私物化」が分かれ目であろうか。後者は、私物化されてもなんの利益も生まないが、前者は利益を生み出すと判断されるからである。
で、ここまでの著作権は、「書いた本人」の「原稿」にかかる権利である。原稿といえ、これが商業化されるには、たとえば、書籍にしなければ、買い手、読み手はいない。そのような原稿を加工し、商品として売り出す業者を、本の世界では出版社という。つまり、「編集」の過程での付加価値がついたから、書籍として通用するという考えである。
であるから、ここにも権利があるはずだ。音楽業界では、「原盤権」といって、歌手、演奏家、レコード会社などは、作詞家や作曲家が商業化する上で、重要な役割を果たしているから、「原盤権」が認められていた。
そこで、出版物にも、「出版原版権」という呼称で権利を認めようという動きが出てきた。ところが、漫画家側から「漫画の原画と誤解されやすい」という理由からクレームが出てきた。
そこで、新たな名称として「著作隣接権」なる呼称で、著者およびそれに係わる出版社の権利を保護しようと、法制化の整備に入ったものだ。むろん、来るべき時代の「電子化」にそなえてのことである。
書籍の編集や仕様にかかわるものは、その出版物を発行する出版社の考えにそってすすめられるので、元原の著者の影響力からは外れているが、その「編集」なり、仕様がそなわっていなければ、本としての価値がない。
が、電子化で恐れるのは、それらの付加価値がまったく無視ないしコピーされて、任意に偽物が出回る可能性がある。これがデータ時代の最大の危機で、その違法コピーも簡単であることが、ガードの方法をどうするかにあるのだ。
ネット上では、たとえば、記事や画像も「違法コピー」の禁止をうたっているが、これを守る人と守らない人がいるので、問題視されるわけである。
さて、このガードはどうなるか。