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原稿読みます

 前回の記述で、わたしこと、リトル・ガリヴァー社・編集長兼筆名宇田川森和による情報開示を試みた。

 

 この結果をどう受け止めてもらえるかはわからないが、出版社の親父という側面は、「本を出す」ことである。

 むろん、ほぼ他人の本を。

 が、そのスローガンを実現させるには、「いい原稿」と出会わなければ、出せない。

 はっきりいって、「作文」「駄文」は絶対に出せない。

 

 だから、出版社の親父は、作家宇田川先生に、こう依頼した。

 「未来の大型新人に、原稿の書き方を指導してもらえないか」と。

 快諾を得た。

 つまり、そのような熱いものをもつ人のご指導を引き受けても良いと言われたのである。

 

 では、その条件をここにします。

 

 1)原稿は、「小説」「童話」「ライトノベル」とジャンルとする。

 

 2)原稿量はとくにもうけない。短編・中編・長編、どれでもよい。

 原則として、原稿は「ワード文書」を使う。

 

 3)原稿は、宇田川先生の指導が前提なので、「書き直す」意志のあるひと。直したくない人は、引き受けない。

 

 4)原稿の仕上がりの最終目標は、「出版社の親父」が「引き受けても良い」といわれるまでの完成度を求める。

 

 5)出版条件は、「自費出版」ではない。しかし、プロ作家のように、即、出版とはいかない。これは合格者が出てから個別にお知らせする。

 

 6)原稿募集の公開アド gmm@l-gulliver.sakura.ne.jp

  「宇田川森和・公開指導教室」

  註・指導内容は、一部公開する。

  註2・不明な点は、このアドに問い合わせること。

 

 以上です。

tontonboy, 編集おたく

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長い冬眠だった

すでに記録によると、半年が過ぎている。ここまでのびのびになったのには理由がある。

仕事(編集と執筆)で忙しく、何本もあるブログの更新まで手が回らなかったというのが理由だ。

加えて、個人と公人のブログの使い分け。ここは、「公人」であるから、編集人として。

別に「私人」もあるが、正確な私人ではなく、執筆する私人、つまりペンネーム「宇田川森和」をもって書き続けているケースもある。よって、「個人」としてあるのは、Facebookのみ「富樫 庸」として登録したが、これとて、会社の代表としてなので、個人的なものではない。

なんだかんだと、子守しなければならないものが増えたのはいいが、本職の仕事が忙しいので、あの合間のカキコとなる。

 

現在、本職のほうは、編集本数10本以上、執筆関係は、5本以上である。

後記の「宇田川森和」の執筆履歴は公開してもいいだろう。

「華の乱 小説通天閣」→完結

「天神橋六丁目界隈」→現在連載中。14回

「ある天才写真家の女」→現在連載中。13回

「魅惑のDJ・ゼロ」→現在連載中。13回

「小説グリーンハウス」→現在連載中1回。

完結し、出版された図書

「ビィーナスの涙」→現在、電子版にて販売中→今週、紙版の販売予定

「炎(ほむら)の十字架」→現在、電子版にて販売中

「華の乱」→電子版作業中

その他、執筆途上のもの、約10本。順次、公開する。

毎週の連載記事担当

 「ガリヴァーの森」メルマガ配信→現在390号、連載担当「駆け込み寺」390回目

 

なお、「宇田川森和」は、正式に日本ペンクラブの会員手続き中。

というようなわけで、かなり時間の配分がムズであるが、なんとか、ローテンションでもっていきたい。

 

tontonboy, 編集おたく

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時間ばかりたち

もう2016年も1月が、後半に入った。それでも、列島は、大寒波に襲われて、震え上がっている。
いつまで、この冷え冷えが続くのか。

「寒い」という感覚には、個人差があろうかと思うが、これまで、一番の冷え冷えは、冬の小樽に降り立った。もう吹雪だったことを覚えているが、飛行機は着陸した。
 そして、ついに、北海道の地に出たが、そのときの、空気がすごかった。
 マイナス10度以下だったろうと思うが、そこまで冷えると、空気を吸い込むとき、のどが痛いくらいに、空気がバリバリしている感じである。
 ホテルにチェックインし、近くのレストランを教えてもらった。ステーキの店だ。ホテルから見えているが、道は、降雪状態ではなく、完全なアイスバーンデ、てかてかに光っている。
 つまり、この靴では歩けない、滑るのだから、どうすれば、いいか。どうやってそこのレストランまで行ったか覚えていない。
 が、ステーキはうまかった。安かった。
 これが、小樽の夜だった。

tontonboy, 編集おたく

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書かねばすすまない

やや、八方美人になっている。ブログだけで4本もあるのだから、そうそう更新できるわけない。
しかし、いったん止まってしまうと、書き込みが遠のくのはなぜだろう。
ネタ切れとか、退屈感がそうさせているのかしれない。

いや、別の理由だ。原稿書きすぎ。
メルマガ、連載Web、外部の機関誌連載、等々、これも大変なのだ。メルマガ週1、Web、月2、外部は、三ヶ月に1回、等々ある。
やりすぎた、という結論だが、ネットは、どこでだれが見ているのかわからないので、書き続けねばならない。
そして、本は読まねばならない。原稿は読まねばならない。
そうだ、最近、手を取られているのは、電子版作業だ。これも週3本の完成を目指している。

こうしてみると、ほぼ、「空き時間」はないのと等しい。

時間はどうやってつくるのか。うむむ、意識して、「空ける」しかあるまい。
大和川の河川、散歩も時間をつくって、週1ペースを守っているのだから。

ではでは、みなさま。しっかりと時間をつくって。前にすすもう。

tontonboy, 編集おたく

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宣言後のその後

なんだが、人間の寿命を見ているような流れになった。
「さよなら宣言後」、ついに、PCはパンクしたのだ。
当然、選択肢は、「廃棄」である。これで名実ともに、さよならとなった。

もし、この流れが読めていれば、もっと適切な行動に移っていたというのが反省である。

なぜならば、データとアプリのすべてが「消滅」してしまったからである。
バックアップをなぜとっていないか、となる。外付けHDDがあるので、大事なデータは外部で保存していた。
が、直近の仕事は、なにもしておらず、消えてからの祭りであった。

結果として、編集からみのもので、一からやり直しという作業が、ここ2週間ばかり続いている。それでもカバーし切れないものもあるが、なにしろデータが膨大すぎて、どうにもならない。

毎日のように投稿があった川柳とか、メールの送受信もすべてパーになった。これらをバックアップするほどのフットワークがない。
アプリ上は、むろん、保存をかけているが、その書類自体が消えてしまったら、保存は意味をなさない。

PCは壊れるものと認識して、その上で、被害を最小限にするという手段を講じないとどうにもならないであろう。

残念だが、ホントにさよならしてしまった。

 

tontonboy, 編集おたく

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さよなら宣言

残念ながら、Mac10.4では、太刀打ちできず、エラーばかりつづく。サイトを開いたとたん、「プラグインが古いので、更新して」という警告がでる。
更新できるなら、とっくにやっているが、OSが古いかぎり、なにもできない。

であるから、選択肢はふたつ。

1) 10.4OSのPCは廃棄する。

2)サイトは無理だから、DTPの作業専門に特化する。

これしかない。
ついこのあいだまで、このPCはメインで機能していた。編集作業に欠かせない、すべてのアプリとフォントを搭載し、あのカーネルパニックが起きるまで、正常だったのだ。

カーネルパニックというのは、重大なPCの故障で、最悪、アプリもデータもすべて失う。
第1回目のときは、アップル社に修理を依頼した。修理費は10万といくらかかかった。
しかし、その半年後、またまたカーネルパニックを引き起こした。もう一度、修理に出すか、新機種を購入するか。
それでも予算もなく、間に合わせとして、日本橋に走り、中古のPCを手に入れた。これ、修理費とほぼ同額である。

アプリとデータもなんとか確保したが、すでにそのとき、そのOSは古くなっていたのだ。

XPのメンテ終了と同時期、MacのPCもネットに対応しなくなり、一部のアプリは使えなくなる。

そのころ、電子書籍作業の新展開が始まったが、すべては、新Macでなければ、できないと判明し、いまのOS10.10yosomiteのPCが動きだしたが、まだDTPのアプリはそろっていない。電子作業に特価していたものの、イラレのデータ、フォトショのデータは、隣のPCから転用というリレーション。だから、2)のDTPに特化するとしたのだ。

それも先行きは怪しい。

次に打った手は、アドビーのDTP製品の、クラウド契約に踏み切った。これで、DTP作業と、編集作業が1台のPCでできるという条件がそろった。

PCは6年が寿命といわれている。それ以上、仕事で使うという事情はさまざまながら、潤沢な資金がないので、がまんの時期がけっこう長いということである。MacProは、もう10年以上経過していた。

このJUGEMの記事も、新PCに100%移管した。もう旧PCで更新することはないだろう。

MacPro10.4バージョン、長いあいだ、ご苦労様でした。そしてありがとう。

tontonboy, 編集おたく

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歴史という怪物

川の流れのごとく、歴史的必然が時間を切り裂くことになるが、そこにある血脈を探し当てることで、物語は始まる。歴史ものの核心はそこに見たりという感がある。
現代小説は、作者の頭の中の空想や幻想を物語としているのに対して、歴史ものは、もうひとつの空想がとなりにある。タイムスリップした、過去の歴史の様相である。これを作者は想像している。対して、この想像のままに、作品を書けば、おもしろくもなんともない、どころか、普通の研究書、論文になってしまう。
違うところは、「血脈」である。あの時と、同じ空気、同じ風景を想像することによって、その時代の血脈は生まれる。
歴史上の人物とはいえ、同じ人間には違わないので、だれだれが特別、だれだれは神様みたいな、あらぬ想像はほぼ使い物にならない。

たまたま縁があって、生駒の麓の一帯、河内平野に移り住むことになった。
それ以前の河内のイメージは、河内音頭のような、少し粗暴な、元気の良い農民たちという想像力が働いた。
しかし、ここに、ときの権力者たちの権謀がうずまいていたとなると、話は別である。
歴史とは、おおむね、権力者たちにとっての歴史で、農民の目線にたつ歴史ではない。演劇でいうところのエキストラ、その他大勢のポジションにあるので、主たる動向は、歴史的人物になる。

ここ河内平野に、明と暗の足音を残していたのは、聖徳太子である。いたるところに、太子の伝承がある。太子は、お寺の創建に二十数カ所関わったとされるので、太子ゆかりのお寺ばかり。
そもそも、この時代の世間とは、神社仏閣の神道系のものしかなく、仏教流布を目的として、お寺が次々と建てられたという時代の変革の節目に、太子はたっていたのだろう。
民衆の生活は農耕による食の確保が基本で、そのための職能集団が生まれた。仏教美術もそうだし、農具もそうだ。戦いになれば、武器製造集団もいた。いわば、生活と信仰は同居し、それらが、神様の采配によって、大きく変わると信じられていた。
天皇とは、昔大王(おおきみ)と呼ばれていたようだが、いわゆる戦争の大将、将軍のイメージではない。だから、権力者のイメージとは少し違うような気がする。
イメージでいえば、神に近い人である。だから、神道での巫女的能力をもつか、その支配者として存在していた。
こうなると、日本の創始の社会的イメージが、農耕文化の繁栄と、継続という基幹があって、そこでの最大の権力者として、大王がいたとなる。
他方で、国王のように、国の全ての統括者なるイメージは、ヨーロッパのように、隣国が近く、つねに群雄割拠で、争いを繰り返していた地理的背景がない、日本の世相が、独自の支配者イメージをつくったに違いない。
話がこじれてきた。
日本の創世記に血なまぐさい戦争はなかったということをいいたかったが、早計だったか。
 

tontonboy, 編集おたく

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