smtwtfs
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
sponsored links
profile
Twitter
new entries
categories
archives
recent comment
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.
<< つまるところ、良くない | main | どちらを見ても敵ばかり?? >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク, -

-, -, pookmark

右から書くか、左から書くか

右から書くのか、左から書くのかで、その内容は大きく異なる。

先日、S新聞を喫茶店で読んでいたら、「はだしのゲン」について、元校長さんという男性が書いていた。安易に決めつけはできないが、かれは、右から書いていて、作者の中沢啓治さんは、左から書いた。
広島原爆投下で、家族が被爆し、亡くなったという体験を元にして、この漫画が生まれ、戦中、戦後、現代に至るまで、長く書き続けられていた。
それがつい先日、ある地方の教育委員会が、この漫画をいわば、「発禁」処理したことにより、問題となったのだ。
で、元校長は「右から」書いたから、「左翼運動、啓蒙の書」と決めつけた。
また、教育委員会の判断は、全国各地から、反対の意が唱えられたが、少し暴論に近いなと見た。
一例をあげると、「戦争反対」「二度と、戦争はあってはならない」とここまで正論だが、「強制連行はなかった」「慰安婦はなかった」と決めつける発言は、暗に、「慰安婦問題」をねじ曲げて、利用した発言。
「慰安婦はいなかった」と誰がいい、その根拠を誰が示したか。

さらに元校長は、天皇は戦争犯罪者であるとし、つねに批判の矢面にたった中沢氏の思想を是としなかった。「こんな内容のものを子どもたちにすり込ませる」のはよくないとしたのだ。
他方で、戦争というものの真の姿を知る、最高の漫画だという評価もある。
あの戦争が是か、非かを断定することは難しい。これに関連した、憲法問題、極東裁判、QHQの日本の支配など、敗戦処理としてなされたことは、日本ノーとはいえない状況下ですすめられた。それは敗戦国の運命だからだ。
だから、いまも敗戦処理は、「正しく行われた」「曲げられて行われた」に評価が分かれる。
その前にさかのぼって、「戦争そのものの、是非」はどうなのか。
期せずして、「戦争をしない」と「原発なし」の基軸が同一なのはなぜか。

わたしは、この地球から、「戦争」の2文字は消えないと思っている。抑止し、協調することはできるが、「消えない」という事実は消えない。
日本は、戦後、「戦争しない国」として、60数年が経過した。今後も戦争しないで突き進む考えと、戦争するかもしれない考えがあってもいい。一番の危険な決めつけは、100%「戦争しない」と決めつけることである。おまえは、戦争肯定派かと即刻、いわれそうだが、そうではない。
わたしは、人間の歴史で、「戦争」の本質が、あの第二次世界大戦で変化したのだと思っている。あの戦争までは、「領地侵略」、「人間略奪」にあった。たままた読んでいる「ローマ人の歴史」ですら、紀元前の歴史ながら、侵略するか、支配されるかを繰り返す歴史であった。それが1945年で止まったと考えよう。
それ以後の「戦争」は、いかなる目的であろうと、領地侵略、人間略奪は許さないという、たとえば、国連やアメリカの指針であったと思う。アメリカは過去、侵略戦争をやったのか。ベトナム戦争、イラク戦争、もろもろあるが、どうなんだ。
ソ連およびロシアは侵略戦争をやったかの、やらないのか。
こうしてみると、1945年が歴史の節目である。
どこかの国が、それ以前のように、自国の利益、自国のエゴのために、侵略は許さない世界基準が生まれたのではないか。
しかし、これは「戦争をしない地球」と同義ではない。
ごめん、長くなった。続きは次回に持ち越し。

 

tontonboy, 編集おたく

comments(1), -, pookmark

スポンサーサイト

スポンサードリンク, -

-, -, pookmark

comment
支刈誠也, 2013/11/18 4:34 PM

ヒットラーが、ソ連と示し合せ、ポーランドを占領した時点で、戦争は「犯罪」ではなかったのです。
そういう歴史的事実を無視すると、先の大戦の真実見えてきません。